私たちの宗団(真言宗智山派)について

智山教化センター

宕薬師フォーラム報告

平成27年12月2日 別院真福寺
第22回 愛宕薬師フォーラム

絵本・紙芝居で伝える仏の教え~ちいさな心に宿る仏性に語りかける超大型紙芝居~

講師
真言宗豊山派 千蔵院住職、絵本作家、紙芝居作家
諸橋 精光 先生
はじめに
 講演では、諸橋先生オリジナルの大きな絵と語りで物語を表現した「超大型紙芝居」を2本上演いただきながら、先生の創作活動への想いや紙芝居の魅力、そして、子供たちのちいさな心にも備わる〝仏の心〟(仏性)に語りかけ、伝える楽しさと大切さをお話いただきました。
 
絵本で伝える
 幼少の頃から絵を描くのが好きだった私は、高校を卒業するとまず美術を学びました。けれども、お寺の長男でしたから、自坊も継がなければならず、美術学校を終えてから、大正大学で仏教を学びました。こうして美術と仏教を学んだ私は、自坊に戻っても現代美術の制作を続けたのですが、始終お参りの信徒さんが出入りする祈願寺の忙しい生活と、集中し思考して作品を生み出す芸術活動はマッチしないものですから悶々とした日々を過ごしていました。
 そんなある時、涅槃会や彼岸会、施餓鬼会に参詣される信徒さんは、その行事の意味をご存知なのだろうか、という疑問が沸き起こり、絵と言葉で行事を説明した手作りの冊子「施本」作りを始めました。実際に作ってみると、イメージをぶつけあわせて絵と言葉を互いに響かせ合い、絵だけでも言葉だけでも説明できないことを互いに補完し合い伝えられる……、手作りの施本にそんな手応えを感じ、毎月1冊、縁日にあわせて発行していきました。
 しかし、仏教行事だけを題材にしているとすぐにタネが尽きてしまい、困っていたところ、『仏教説話体系』(すずき出版)と出会いました。そこには、お釈迦さまの生涯や教え、お釈迦さまの前世の物語「ジャータカ」、大乗仏典に登場する物語、日本の民話やお寺の縁起、僧侶の物語など、何千という説話があり、面白い話がゴロゴロしていて、まさに物語の鉱脈を掘り当てたような、そんな気持ちになり、それを片っ端から施本にすることにしました。
 施本作りのために多くの説話を読み進めていくうち、インドや中国、日本の物語を百、二百と数を読むと、それぞれの物語の背景にある世界観が見えてくるような気がしてきました。例えばインドは、白日の下にさらされたような厳しい明白な因果応報の理法があり、日本の場合には、すぐ隣の霧の向こうに異界があり、そこにスッと入っていって、入れ替わって戻ってくるような、そういう独特の世界観があるように感じました。つまり、1冊の力は弱くとも、数を集めればそこに仏教が浮かび上がり、伝えられるのではないか……そんな可能性を感じ、仏教説話を素材にしていくことにしました。
 
描くことが武器になる
 しかし、タネの宝庫に出会っても、それをそのまま施本にはできませんでした。なぜなら、仏教の物語はどうしても冗長で、繰り返しやダラダラと長いものが多いからです。ですから、施本にするには自分で物語を咀嚼し再構成する必要がありました。
 絵を描かない人ならば、物語を熟読して、どこが面白いのか、どこが必要でどこが不必要か整理するでしょうが、私の場合は、まず物語から絵にする場面とその構図を考え、その選んだ絵だけで物語全体を伝えられるのかを考えます。そういう作業を行うと自然と物語の骨格が浮かび上がってきますので、次はそれに沿って文章を整理し、物語が成り立つ最小限の言葉をそこに置いていきます。つまり、言葉、イメージがあり、それを単に絵にするという手順ではなく、まず、まず絵を描くことによって物語を整理し、その核心を掴み、再構成していったのです。
 こうした作業を繰り返し続け、ただひたすら〝描いてみればわかる〟という絵の力を信じて施本作りを続け、28年経った今では300冊を数えるようになりました。
 
紙芝居で伝える
 地域の子供たちをお寺に集めて何かしたい、それが紙芝居との出会いでした。
 子供好きな私は、自坊に戻った昭和57年、最初の夏休みから、寺の行事にあわせて子供たちを呼ぼうと思い、夏の早朝に地域を回り、ラジオ体操に参加している子供たちにチラシを配布し宣伝しました。それが功を奏したのか、第1回目から200~300人の子供たちが境内に集まってくれました。レクリエーションを楽しみ、お菓子を配る。第1回目はそんなささやかな活動としてスタートしたのですが、そんなに大勢来てくれるならば、と2回目には何かメインイベントのようなものを用意したいと考えました。そこで、夏祭りの際、お寺に掲げる地獄極楽絵図を子供たちが真剣なまなざしで、食い入るように見ていたのを思い出し、はじめはその地獄極楽絵図をタタミ10畳ほどの大きな絵に描いて、指し棒を使って解説をする「絵解き」を行おうと考えました。しかし、描いた後の保管場所やその設置と片付けに苦労することにふと気がついたので、ならば地獄絵図を分割して描き、めくって伝える紙芝居にしよう、そう思い『絵本地獄』(風濤社)を素材に、タタミ1畳ほどの絵と自分なりの脚色で地獄の超大型紙芝居の制作に取り掛かりました。
 紙芝居の制作は初めてだったので最初は戸惑いましたが、2枚目ができ上がったところでめくってみて、3枚、4枚とでき上がるたびに語りを声に出してめくってみる、ゆっくり引いてみたり、サッとめくってみたりと、こうして実際にやってみると良い感触が得られ、同時に言葉も整理されてきました。そういうふうにして、試行錯誤を繰り返しながら紙芝居を完成させました。
 そんな折、豊山仏教青年会の会合でたまたま出会った、大正大学演劇部出身の方が紙芝居の語りを担当したいと名乗り出たので、語りをその方に任せることにし、また、賑やかに演出したいと考え、お寺にある太鼓、銅鑼(どら)鐃鈸(にょうばち)、法螺貝などの鳴り物を総動員して効果音をつけることにしました。
 いざ実演してみると、表現力のある語りが入った瞬間に自分の描いた絵が生き生きと動き出すような、そんな錯覚に陥り、それはまさに物語に息を吹き込まれたような衝撃的な体験で、その時の感動は生涯忘れ得ぬものとなりました。
 集まった子供たちも、地獄の絵に釘付けになり、どんどん物語に引き込まれていく、それが生の手応えとしてこちらにもひしひしと伝わってきて、紙芝居と地獄の子供を引きつける圧倒的な力を感じました。難しい話も絵があればぐっと理解が深まる、それが子供にとっては嬉しいことなのでしょう。それからは毎年新しい紙芝居を作っていきました。
 
~・~・~・~・~・~『小僧さんの地獄めぐり』実演~・~・~・~・~・~
仏教説話から児童文学へ
 今回は語りや効果音を録音したCDに合わせ、私が絵の引き抜きを行いましたが、このCDの語りはテレビの草創期から声優として活躍された右手和子(うてかずこ)さんです。紙芝居の貸し元でその普及に貢献した父親を持つ彼女は、実は紙芝居の名演じ手でもありました。一方で「紙芝居は実演にあり、生で語るもの」が持論の彼女は、紙芝居を録音で演ずることには否定的でしたが、なぜか私の作品を大変気に入ってくださり、この大型紙芝居だけはという条件で、毎作レコーディングを行い、語りを吹き込んでくれるようになりました。
そもそも紙芝居という手法は、説話のように簡潔にストーリーを追う表現に適していて、細かな心情の変化を表現するには向いていないのですが、彼女との制作を重ねるうちに、彼女の高度な語りを活かすような紙芝居に挑戦したいという気持ちが沸き起こり、こうして仏教説話から、さらに微妙な心理描写が問われる児童文学へと、その素材を変えて挑戦していくことになりました。
 その題材に選んだのが『モチモチの木』でした。このお話は切り絵作家の滝平二郎さんの絵本が有名で、『モチモチの木』といえばこの絵本をおいて他にはないというファンも多いはずです。きっと私も滝平さんの絵本を最初に手に取っていたなら、この作品を手がけることはなかったでしょう。しかし、たまたまある本で活字だけで『モチモチの木』を読んでしまった私は、この物語に感動し、これをオリジナルの紙芝居にしたいと思いました。仏教説話に比べてはるかに困難な作業でしたが、この物語を伝えたいという想いで、何度も描き直しては作品に仕上げました。
 
~・~・~・~・~・~『モチモチの木』の実演~・~・~・~・~・~
物語の奥にある仏教観
 実はこの作品も、描くことによってその核心を掴めたものでした。
火が灯ったようなモチモチの木の周りにたくさんの星があり、月がある。この最後の方の1枚の絵を描いている時に、あっと気づきました。この物語では、モチモチの木を中心として世界が回っている……モチモチの木こそ宇宙の中心である〝宇宙樹〟、〝大いなる母〟なんだ……そして、豆太にとってその大いなる母は、ある時は恵みをもたらし、ある時は恐怖の対象となる二面性をあわせ持っている……その大いなる母が豆太の成長を見守っている……、そこが物語の核心であると。さらに、この核心に触れた途端、この物語のもつ仏教観も見えてきました。
『即身成仏義』に「重重帝網なるを即身と名づく」という一節がありますが、あれは帝釈天の宮殿にかかる網の目の結び目に水晶の玉があり、そのひとつの玉にその他すべての玉が映っていて、その映り込んだ玉の中にもすべての玉が映り込んでいるという、いわゆる「一即多、多即一」をいうのですが、ある時、長年ご指導頂いている津田真一先生(真言宗豊山派)にその玉とは何かと尋ねると、それは慈悲行、やさしさの行いだとおっしゃるのです。つまり、やさしさに気づき、やさしい行いを始めた途端にそこに最上の美しい世界が現れる。ただし、その慈悲行をやめた途端に、その美しい世界は一瞬にして消えてしまう。これが『華厳経』の世界なのです。
 豆太がじさま(、、、)を助けようと、戸を蹴破って1歩を踏み出した時、怖いと思っていた世界は実は法界で、豆太はその中を走り抜けて行ったのです。そしてそんな豆太に〝大いなる母〟モチモチの木は究極の美しい姿を現した。この物語はまさに『華厳経』の世界を表した非常に宗教的な話だと解釈できたのでした。この視点を持つことができた時から、この理解をもとに他の絵も描き直して再構成し、作品に仕上げました。1枚の絵に何週間もかかることもあり、23枚すべてを描き切るのは苦しい制作でしたが、自分が感動したものを伝えたいという、制作に一番大切な動機があったからでしょう。その思いが勝り描き切ることができました。
 
ちいさな心に宿る仏性に語りかける制作活動を
 よく「子供にはダイヤモンドのような輝きがある」といいますが、ダイヤモンドどころではない、もっともっと輝く大きな光の海が子供たちにはあるのだ、と私は思いたい。子供たちがそんな光り輝く海〝仏性〟に気づくような、またその仏性に届くような作品をこれからも全力で作っていきたいと考えています。
 
質疑応答の時間
 この後の質疑応答の時間で、先生は『モチモチの木』の魅力とは、「人はやさしくあるべきだ」と押しつけがましくいうのではなく、「生きるってすばらしい」「優しさを持って生きると素晴らしい世界が開けるよ」というメッセージを、さりげなく伝えているところ、と語り、さらに、制作の際、子供たちに伝えるという点で何か気をつけていることはあるかという会場からの質問に対して、「何もない」と答え、「『子供に、とか、子供だから』と考えると子供に媚びた姿勢が作品に表れてしまう、『全力でやって、いいたいことを伝える』ただその一念で作っている」と述べ、「上から行くな、下から行くな、対等にいけ」という右手和子氏の父親の言葉を紹介し、創作に対する思いを語ってくださりました。
 
あとがき
 今回の報告では紙芝居の上演の様子は割愛しましたが、『小僧さんの地獄めぐり』、『モチモチの木』、いずれも声優の右手和子氏の語り、太鼓、銅鑼、鐃鈸、法螺貝など効果音、そして諸橋先生の絵の引き抜きの妙が相まった、臨場感ある迫力満点の物語に参加者は惹きつけられていました。
今回上演された2作品以外にも、諸橋先生の紙芝居は鈴木出版のホームページで購入できますので、ご興味のある方はhttp://www.suzuki-syuppan.co.jp を参照ください。
(構成/智山教化センター)