真言宗智山派 総本山智積院
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京都国立博物館
 赤みを帯びた外壁が印象的なルネッサンス様式の洋館。それが京都国立博物館です。京都周辺の社寺の宝物を保護する目的で設立されました。収蔵品は仏教美術関係を中心に、約1万点に上ります。

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三十三間堂
 正式には蓮華王院と呼びますが、本堂内陣の柱間の数からくる三十三間堂の名前で、たいへん有名です。本尊は千手観音座像で、その両脇に約1000体の千手観音立像が安置されています。
養源院
 豊臣秀吉の側室淀君が、その父浅井長政の供養のため建立した寺です。現在は浄土真宗遣迎院派に属します。本堂の内部に、俵屋宗達の手による襖絵や杉戸絵が描かれています。また客殿の天井は、徳川家康の家臣鳥居元忠が慶長5年に伏見城で自刃した時の板が張られていて、血天井として知られています。
妙法院
 天台宗三門跡の一つで、皇后門跡・新日吉門跡とも言われます。御本尊は普賢菩薩さまです。文禄年間に建立された庫裏が国宝に指定されている他、各お堂を飾る狩野派の障壁画は名高いものです。
豊国廟太閤坦
 智積院と妙法院の間の道は俗に「女坂」と呼ばれています。この道を阿弥陀ヶ峰に向かい長い石段を登ると、豊臣秀吉の墓所豊国廟があります。途中の石段はNHK大河ドラマ『秀吉』のオープニングで使われました。
方広寺
 豊臣秀吉が大仏建立のために建てた寺で、大仏殿とも呼ばれていましたが、大仏殿は近年の火災で焼失してしまいました。今に残る大梵鐘には、「国家安康」という銘が刻まれていますが、この銘文を徳川家康は不吉として怒り、家康の大坂責めの端緒となったと言われています。
豊国神社
 豊臣秀吉の霊を祀る社で、「ホウコクさん」と呼ばれ親しまれています。創建時は豊国廟のある阿弥陀ヶ峰の山麓にありましたが、豊臣氏滅亡後、徳川家康によって破却されました。現在の場所に再建されたのは、明治時代になってからです。宝物館には秀吉ゆかりの品々が展示されています。
新日吉神宮
 「新日吉」と書いて、「いまひえ」と読みます。後白河法王が勧請したと伝えられ、平家物語にも社名がみえる神社です。境内の雅楽殿は、幕末から明治の一時期、豊国神社の仮の拝殿だったこともあります。
耳塚
 豊臣秀吉が朝鮮に出兵した文禄の役で、朝鮮人戦死者から耳を切り取り埋めた塚であると伝えられています。塚の上には五輪の石塔が立ち、現在でも韓国からの参拝者の献花がとぎれません。
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